これぞ絆奈マジック

「ここが聖ル・リム女学院か・・・」
俺は眼前にある赤レンガの壁と校門を眺めた。いかにもお嬢様学校といわんばかりの造りだった。
この壁の向こうには、まだ見ぬ未知の世界が広がっているはず。禁断の花園っていうやつが・・・
俺は期待と好奇心を覚えながら門をくぐろうとした。が、いきなりごつい腕に遮られた。邪魔したのは強面の守衛だった。
「招待状はお持ちでしょうか?」
「ああ、招待状ね」
俺は上着のポケットに入れたあった学園祭の招待状を出して見せた。
「どうぞお通りください」
警備の審査を無事通過して、ちょっとほっとした。いきなり不審者扱いされて周囲の注目を集めるのは勘弁だ。
中に入った俺は、招待者に言われていたとおりまっすぐ進んだ。すると、ほどなくして広場に着いた。俺は待ち合わせ場所となっている噴水を見つけると、そこまで移動した。
しばらくその場で待つ。しかし、なかなか招待者の姿が見えなかった。
それにしても絆奈のやつ遅いな。
腕時計をちらりと見る。約束の時間を10分過ぎていた。いったい何をしているのやら。もっとも、何度もこのパターンを経験しているので、大方の予想はついていた。
「おにいちゃーん!」
とそのとき、今回の招待者である妹の絆奈が手を振りながら慌しく走ってきた。で、いきなり派手に転んだ。
あーあ、やっぱりお約束の展開になったな。ドジっ子ぶりは健在ってやつか、我が妹よ。というか、全然成長してないな。
俺は深いため息をひとつついて、絆奈のもとに駆け寄った。
「大丈夫か、絆奈」
「ふえーん、膝をすりむいちゃったよぉ」
絆奈は半泣きしながら俺が差し出した手をつかんだ。
俺はその手を引っ張って立たせた。
「まったく、別に慌てて走ってこなくてもいいぞ。おまえが遅れることなど計算のうちだからな」
絆奈の制服をはたいてから膝の様子を見る。少しだけ血がにじんでいるが、たいしたことはないようだった。
「まったく、ほんといつまで経っても世話のかかるやつだな」
俺は苦笑しながら、あらかじめ持っていた絆創膏を膝に貼ってやった。俺のポケットには必ず絆創膏がある。それは絆奈と過ごした日々の経験によるものだった。
「ちょっとよろしいですか?」
そのとき、しゃがんでいた俺の肩に誰かの手が置かれた。
振り返ると、長くて艶やか黒髪が目をひく美少女が立っていた。
「あ、千華留お姉様」
「もう大丈夫よ、絆奈ちゃん。私が守ってあげるから」
千華留お姉様と呼ばれた美少女は、俺と絆奈の間に割って入ると、険しい表情で俺を睨みつけた。
「当校の生徒に不埒な真似をすることは許しませんわ。私と一緒に守衛所に来てもらいましょうか」
「ちょ、ちょっと待ってください!俺は別に何もしていないですって!」
「言い訳は向こうで聞きますわ」
と言って、俺の腕をつかんだ。その外見からは想像できない力に俺は驚きを禁じ得なかった。
「待って、千華留お姉様!このひとは絆奈のおにいちゃんなんです!」
空気を察した絆奈が慌てて会話に割り込んだ。
「え、絆奈ちゃんのおにいさん?というとは・・・もしかして、この方が絆奈ちゃんのお兄様ですか!」
「はい、そうです」
「わ、私ってば、なんて失礼なことを!」
大慌てで腕を離す。
「も、申し訳ありません!私、てっきり部外者のよからぬ者が絆奈ちゃんのスカートの中をのぞこうとしているものだと思いまして・・・」
「あ、ああ、なるほど、俺が絆奈に絆創膏貼るためにしゃがんでいたからか」
俺はようやく事情を察した。確かに、あの姿勢だと勘違いされてもおかしくないかもしれない。でも、俺は実の妹のスカートをのぞくような変質者じゃないぞ。
「私はこの聖ル・リム女学院5年A組の源千華留と申します。絆奈さんのお兄様とは知らず、大変な失礼をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「ああ、もういいですよ、誤解も解けたみたいですし。俺は日向伸介といいます。妹の絆奈がいろいろとお世話になっております」
平謝りする千華留に、俺は改めて挨拶をした。
この子は千華留っていうのか。大和撫子って感じの美人だな。それに優しい目をしているし、まるで聖母みたいだ。
これが彼女の第一印象だった。
「絆奈ちゃんは今からお兄様と学園祭見物するのよね」
千華留は絆奈のほうに向き直って言った。
「はい。あ、そうだ、もしよかったら、千華留お姉様も一緒に見て回りませんか?」
「絆奈ちゃんのお兄様さえよろしければ、私は構わないけど」
「俺は別にいいですよ。絆奈ひとりに案内してもらうと、迷子になりそうですから逆に一緒だと助かります」
特に断る理由もなかったので、俺は快諾した。
「決まりだね。それじゃあ、早く行こ」
絆奈は嬉しそうに俺と千華留の間に入ると、手を握って歩き出した。
「おい、そんなに急がなくても学園祭は逃げないって」
「フフフ、絆奈ちゃんったら」
俺と千華留は同時に微かな笑みをこぼした。




聖ル・リムの学園祭は、ひと言で片付けると華があった。
出しもの自体は、そう変わりはないのだが、雰囲気が断然違っていた。活気はあっても同じ活気ではないといえばいいだろうか。上品で優雅で、そしてなんとなくいい香りがしていた。
これが女子校の文化祭か・・・
俺はつい興味津々になってしまった。女子校といっても、ただの女子校ではないだけに、とにかく珍しさが先行した。
「おにいちゃん、次はあそこの教室が出しているクレープ屋さんがおいしいって評判だから、そこに行こうよ」
「おいおい、さっきから食べ物屋ばかりだな」
俺は花より団子な妹に苦笑いした。
「えー、そんなことないよー」
「そうだって。まったく、おまえというやつは・・・」
「別にいいじゃない。おにいちゃんだって、さっき買ったたこ焼きがおいしかったって言ってたし」
見事なまでの開き直りだった。
「フフフ、今日の絆奈ちゃん、すごくご機嫌ね」
奥にいた千華留が微笑みながら言った。
「はい、すごく嬉しいです!だって、おにいちゃんとだけじゃなく、千華留お姉様とも一緒に見物できるなんて思わなかったですから。こうして歩いていると、おにいちゃんとおねえちゃんに囲まれているみたいですし・・・絆奈は千華留お姉様が本当のお姉様だったらって、いつも思っているんですよ」
「まあ、絆奈ちゃんにそう言ってもらえると私も嬉しいわ」
「そうだ!千華留お姉様がおにいちゃんのお嫁さんになってくれればいいんだ。そしたら、千華留お姉様が本当のお姉様になるし」
絆奈の突拍子のない発言に俺は思わず転びそうになった。
「お、おい、なんてこと言うんだ!」
「ん、別に絆奈、悪いこと言ってないよ」
「あのなあ・・・」
自分でも顔が赤くなっていることが分かる。よりによって、そんなことを言うとは・・・
妹の天真爛漫さが今回は仇になってしまった。
恐る恐る千華留の様子をうかがう。向こうも俺のことを気にしていたのか、ばっちり目が合ってしまった。
主人の判断で互いに顔を背ける。心なしか千華留の顔も赤かったような気がした。
うわっ、さっきからドキドキが止まらんぞ。こうなってしまっては、もはや意識しないほうが無理だった。
「絆奈ちゃーん」
そのとき、正面から変な髪形をした少女が息をきらせながらやって来た。
「あ、檸檬ちゃん。どうしたの?」
絆奈は駆け寄ってきた少女を不思議そうに見た。
「どうしたじゃないよ。絆奈ちゃん、当番のことすっかり忘れていたでしょ。もう交代の時間を過ぎても、教室に戻ってこないから探していたんだよ」
「え、絆奈の当番って、もっとあとじゃなかったの?」
「ううん、私と同じ時間帯にやろうっていうことで代わってもらったじゃない」
「あ、そうだった!いけない!」
「前の当番のひとたちが待っているから、早く行こう」
「あ、でも・・・」
絆奈が困った顔をして俺を見た。
「俺のことは気にしなくていいから早く行って来い。あとで、ちゃんとおまえの教室に来てやるから」
「絆奈ちゃん、あとのことはまかせておいて。お兄様はちゃんと私が案内するから」
俺と千華留の言葉に絆奈の顔に安堵の色が浮かんだ。
「千華留お姉様、ごめんなさい。おにいちゃんのことをよろしくお願いします」
「ええ、まかせておいて」
力強く答える。
「絆奈ちゃん、急いで!」
「うん、分かった」
絆奈は千華留の頭を下げると、檸檬という少女と一緒に駆け出した。
まったく、絆奈もそそっかしいな・・・って、ちょっと待てよ、これって、もしかしなくても、ふたりっきりってことじゃないのか?
そう考えただけで、さらに体が熱くなりドキドキが激しさを増した。
落ち着け、落ち着け、俺、平常心だ、平常心。
必死に自分に言い聞かせる。幾分、気持ちの揺れが治まったところで、今度は横目で千華留を見た。またもや目が合ってしまった。とっさに目を逸らすふたり。ふたたびドキドキが始まった。
「あ、あの・・・」
先に口を開いたのは千華留だった。
「は、はい、何でしょう!」
思わず気をつけの姿勢をとってしまった。
「ちょっとあそこの喫茶店で休みませんか?」
喫茶店をやっている教室を指差した。
「あ、いいですよ」
舞い上がっていることもあり、俺は深く考えることなく快諾した。
喫茶店に入って席に着くと、俺はさらに意識してしまった。向かい合って座るので、どうしても顔が視界に入ってしまうからだ。
これって、何かお見合いみたいだな・・・って、俺は何を考えているんだ!
つい手を頭に当てて悶えてしまった。
「あ・・・」
我に返って固まる。
千華留はあっけにとられたようにこちらを見ていたが、やがて口もとに手を当てて吹き出した。
「伸介様は、絆奈ちゃんが言っていたとおりの方ですね」
「え、それってどういうことですか?」
俺は千華留の発言に目を丸くした。
「とても優しくて温かい方ってことです。今まであなたの言動を見て、私もそう思いました」
「そ、そうですか。絆奈は俺のことをそんなふうに言っていたんですか・・・」
くすぐったい気持ちになる。嬉しい反面、かなり恥ずかしかった。
「あの、絆奈は源さんや他のみんなに迷惑をかけていたりしませんか?」
「それは大丈夫ですよ。絆奈ちゃんは、とても素直でいい子ですから。確かにドジなところもありますけど、それも大きな魅力だと思いますよ」
千華留は微笑みをたたえて答えた。
「そうですか。それならよかったです。絆奈はよくも悪くも子供っぽいところがありますから、わがまま言って皆を困らせていないか心配だったんですよ」
今まで俺や両親の庇護を受けて育っていた絆奈が、いきなり全寮制の学校で団体生活をうまくやっていけるのか心配だったのだが、その言葉を聞いて安堵した。絆奈は手のかかる妹だが、それ故に余計可愛かったりする。それ故に余計心配になる。自分でも過保護すぎると思ってはいるのだが、やはりつい過剰に甘やかしてしまう傾向があった。
「伸介様は本当に絆奈ちゃんのことを大切にしていらっしゃるのですね」
千華留が穏やかなまなざしを送る。
「ええ、俺にとってはたったひとりの妹ですから。おかげでまわりからは、シスコン兄貴って言われているんですよ。まあ、それだけ絆奈に甘いってことなんですけどね」
「そのお気持ち分かります。私も絆奈ちゃんには甘くなりますから」
「そうですか。あいつはほんと得な性格していますね」
「まったくですね」
互いに笑い合った。初めて自然に笑えた気がした。
「どうか絆奈のことをよろしくお願いします」
「はい。絆奈ちゃんは私が責任もってお預かりします」
千華留はまっすぐ俺を見て力強く答えた。
「よかった。源さんみたいな方がいるなら、安心して絆奈のことを任せられます。源さんには、絆奈の本当のお姉さんになってもらいたいくらいです」
「え・・・」
「あ・・・」
その刹那、場が一瞬にして凍りついた。
「なんてことを口走っているんだ、俺はー!」
たちまち俺の顔が火を吹いた。よりによって、こんな恥ずかしいことを言ってしまうとは・・・
千華留も顔を真っ赤にさせてうつむいてしまった。
気まずい空気というか、気恥ずかしい空気が流れる。
しっかりしろ、俺!何かフォローするんだ!
とは思うものの、そう簡単に出てくるわけがない。しかし、このまま黙っているというのも具合が悪いので、強引に切り出すことにした。俗にいう行き当たりばったりというやつである。
『あ、あの・・・』
声が重なり合った。ふたたび沈黙が訪れる。立て直す機会を失ってしまい、俺はさらに焦った。
「そちらからどうぞ」
「いえ、そちらからどうぞ」
千華留が発言の主導権を譲ろうとする。
「いや、そちらからどうぞ」
「いえ、そちらからどうぞ」
「いや、そちらから」
「いえ、そちらから」
「いやいや、そちらから」
「あの、よろしかったら携帯の番号とメールアドレスを交換してもらいたいのですが、どうですか?」
「え?」
三度の譲り合いのあとに出た千華留の言葉に、俺は思わず目を見開いた。
それって、もしかして・・・
甘い想像が駆け巡る。もし、そうだとしたら、衝撃的なサプライズだといえた。
「あ、それはあの、絆奈ちゃんのことで何か相談したいことがあったときに、いつでも連絡取れるようにしたいということで、深い意味はありません」
千華留は頬を上気させながら、やや早い口調で言った。
「あ、そういうことですか。お安い御用ですよ」
俺はちょっと残念に思いながら携帯を取り出すと、赤外線機能を使って携帯番号とメールアドレスを交換した。
「それから私のことは千華留とお呼びください。苗字で呼ばれるのは、慣れていませんので」
「それなら俺のことも伸介と呼んでくれ。様をつけて呼ばれると、なんか調子狂うからさ」
「分かりました。伸介・・・さん」
「呼び捨てでいいよ」
「えっと、伸介・・・伸介・・・伸介・・・」
俺の名前をリフレインしているうちに、千華留の目がだんだん遠くにいっているのに気づいた。
「おい、千華留、千華留、大丈夫か?」
「あ、いえ、何でもありません!」
千華留は顔を真っ赤にさせながら首と右手を激しく横に振った。いったい、何を考えていたのだろうか。もしかすると、普段の態度からはまったく想像つかないが、実は妄想癖があるのかもしれない。ふとそう思えてしまった。
「あ、あの、もしよろしければ、休日の日にどこかお出かけしませんか?」
「え・・・」
それって、もしかしなくてもデートのお誘いってやつですか?
予想外の急展開に俺の心臓が跳ね上がった。
千華留とデートかあ・・・
甘美な妄想がじょじょに甘さを増しながら頭の中を駆け巡る。これぞまさに夢のような出来事だった。
「あ、もちろん、絆奈ちゃんを連れてです」
「そうそう、絆奈も連れて・・・ん、絆奈も?」
「はい、絆奈ちゃんを連れて、三人でお出かけできたら楽しいと思ったのですけど、ひょっとしてご迷惑でしたか?」
千華留が表情を曇らせたので、俺はオーバーアクションで否定した。
「ああ、違う違う。そうじゃないんだ。そうか、絆奈も一緒にということか、ハハハ・・・」
乾いた笑いでごまかす。先走った自分が恥ずかしいことこの上なかった。いくらなんでも、それは気が早すぎるか。
「分かった。それじゃあ、都合のいい日を連絡してくれれば、俺がそれに合わせるようにするよ」
「ありがとうございます。それでは近いうちにお出かけの日時を決めて連絡を差し上げます。善は急げといいますし」
千華留が微笑む。その春風のような笑顔に俺の胸がふたたび高鳴り出した。これからのことを考えると、新たな予感と期待が募る一方だった。
絆奈、このドキドキはおまえのせいだぞ!
俺は、この嬉し恥ずかしの気持ちを素直に受け取れなかったので、とりあえずここにいない妹のせいにすることにした。




あとがき


このストパニのSSは、去年の暮れに行ったアンケートでリクエスト頂いたシチュエーションをもとに書きました。別の創作関係に時間を使ったこと及び度重なる体調不良の関係で、ここまで遅れてしまい申し訳ありませんでした。
リクエストどおりの雰囲気になったかどうか不安な点はありますが、自分なりにはある程度はできているのではないかと思料しています。
私個人としては、久方ぶりにストパニのSSで、しかも聖ル・リムのストーリーだったので、楽しく書けました。あとは読んでくださった方が、少しでも楽しんでもらえればと願っています。

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