正しい五月病の治し方

口からまたあくびがこぼれる。体が鉛のように重い。絆奈は押し寄せる睡魔と倦怠感と懸命に戦っていた。しかし、相手は手強く、さらにあくびが出てしまった。
「うわっ、大きなあくび。はしたないぞー」
その声に反応して横に顔を向けると、親友である夏目檸檬が悪戯っぽい笑みをたたえながら立っていた。
「あうー、タイミングが悪すぎるよー。檸檬ちゃんのいじわるー」
絆奈は顔を桜色に染めながら慌てて目についた涙を指先で拭った。
檸檬は宙に浮くような笑い声を上げた。
「アハハ、ばっちりおがませてもらったよ。でも、絆奈ちゃんらしくて可愛かったよ」
「そ、そう、エヘヘ」
自然と照れを含んだ笑いがこぼれる。形はどうであれ、可愛いと言われるとやはり嬉しい。
「さっきからずっと絆奈ちゃんのこと見てたけど、すごく疲れているみたいだね。授業中に居眠りするんじゃないかって心配だよ」
「うん、ゴールデンウィークが終わったあとだから、なんか体がだるくって」
絆奈は大きく両腕を伸ばした。
「それって五月病ってやつだね」
「まあ、大変!」
突然、割って入ってきた声に、絆奈と檸檬は振り返った。
立っていたのは、聖ル・リム女学校の生徒会長である源千華留だった。
「五月病で寝ぼけまなこになっている絆奈ちゃんも可愛らしくて素敵ですけど、このまま放っておいたら、絆奈ちゃんの勉強に影響がでてしまいますわ。ですから、今日の放課後、私の部屋へ来てください」
千華留はたおやかな足取りで絆奈のもとに歩み寄ると、その両肩に軽く手を置いた。
「え、えっと、千華留お姉様のお部屋ですか?」
絆奈が戸惑いがちに尋ねる。何故五月病が千華留の部屋へのお誘いへつながるのか、どうしても理解できなかった。五月病と先輩の招待。いろいろ考えてみたが、接点を見いだせなかった。
「ええ、準備して待っていますから、絶対に来てくださいね」
千華留は春風のような微笑みを残して、絆奈たちの教室から立ち去った。
「ねえ、千華留様は何しに来たんだろ?」
「さあ」
小さくて愛らしい淑女たちは、顔を見合わせてまばたきをした。




1日の学業が終わった夕の刻、絆奈は聖アストラエラ合同寄宿舎にある千華留の部屋へ訪れた。
憧れの先輩の部屋へ訪れるのは初めてだったので、絆奈は無意識のうちに緊張していた。千華留の部屋はいったいどんな部屋なのだろう、といろんな想像がめくるめくよぎった。
絆奈は、おずおずと部屋のドアをノックした。
「絆奈さん、どうぞ」
予想外の返事がしたため、絆奈は思わずその場で固まった。
───中にいるのは千華留お姉様・・・だよね?
半信半疑になる。一瞬、部屋を間違えたのではないかと焦った。しかし、話し方こそ違和感があったものの、声は間違いなく千華留のものだった。
絆奈は恐る恐るドアを開けた。
その刹那、絆奈は驚嘆した。千華留の服装が絆奈の想像をはるかに超えていたからである。
千華留は看護婦の出で立ちをしていた。その姿が妙に似合っていた。はまり役といえばいいだろうか。まさに慈愛に満ちた白衣の天使だった。あるいはナイチンゲールの再来というべきかもしれない。彼女の人柄を考えると、どちらもぴったりとイメージに合う気がした。
「千華留お姉様、その姿は・・・」
「フフフ、どう、似合うかしら。今日は絆奈ちゃんの五月病を治すために、絆奈ちゃんだけの看護婦さんになってあ・げ・る」
千華留はウインクを送った。
「あの、どうやって治すんですか?注射したりしないですよね?」
不安げに尋ねる絆奈。
千華留は意味ありげな微笑みを見せた。
「ウフフフ、それもいいかもしれませんわね。私、絆奈ちゃんの可愛い腕にお注射してみたいですし、やってあげましょうか?」
「ふえええっ、注射はいやだよおー」
絆奈は今にも泣き出しそうな顔をした。基本的に病院も苦手なのだが、特に注射は大嫌いなのだ。
そんな彼女の様子を見て、千華留が少しだけ慌てた。
「冗談よ、絆奈ちゃん。注射なんてしないから安心して。ただ、ゴールデンウィークで遊び疲れた体を休めてもらうだけだから、ね。さあ、とりあえずここで横になって」
千華留は両膝をついてその場に座ると、絆奈に向かって手招きをした。
「え、えっと、本当にいいんですか?」
膝枕をしてもらえるということが分かり、絆奈は困惑した。
「もちろん。そのために呼んだのですから。さ、早くこっちへ来て」
「は、はい」
緊張した面持ちで前に進むと、千華留の膝に頭を乗せる格好で横になった。
綿あめのような感触と微かな温もりが気持ちいい。上に視線を向けると、千華留の顔があった。彼女は優しさと温かさが込められたまなざしを絆奈に送っていた。
───私、千華留お姉様に膝枕してもらっているんだ・・・
そう思った瞬間、幸せな気分になり、体中が火照り出した。
そのとき、どこからともなく漂ってきた芳しい香りが絆奈の鼻をくすぐった。その香りは絆奈の全身の力を抜き、なんともいえない心地よさをもたらした。
「これは私の実家から送られてきたお香の香りなの。疲労回復にとても効果があって、私もこれで五月病を治したのよ。ですから、効果のほどは私が保証しますわ」
千華留は、たおやかな微笑みを浮かべながら、そっと絆奈の頭を何度も撫でた。その手の感触がこれまた温かくて心地よく、香の匂いの効果と相まって、絆奈を夢の世界へと誘った。
「おやすみなさい、私の可愛い絆奈ちゃん・・・」
「おやすみなさい、大好きな千華留お姉様・・・」
天使の慈愛に包まれた絆奈は、至福を感じながら眠りについた。




あとがき


今回の作品はリアさんから頂いたイラストをもとに、イメージして書いてみました。リアさんのイラストがよかったのに対し、こっちはたいした作品になっていませんが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
このカプでの作品は2度目になりますが、書きやすさという点では、自分の中ではこのカプが一番だと思っています。もっとも、得意な系統ではありませんので、出来も含めてそう大差はないのですが・・・(汗)
百合系も少しはまともにこなせるよう努力していきたいと思います。

前のページへ戻る