終礼が終わり、教室の外に出た絆奈をひとりの少女が待っていた。
少し癖のある巻き毛に人形のような瞳をした少女は、クマのぬいぐるみを大事そうに抱えながら立っており、絆奈を見ると少し表情を崩して駆け寄って来た。
「あれっ、籠女ちゃん?もしかして、絆奈のことを待っていたの?」
「うん。あのね、籠女ね、絆奈お姉様にお願いがあって、やって来たの?」
籠女と呼ばれた少女───聖ル・リム女学校1年C組白檀籠女は、舌足らずな口調で喋った。彼女は絆奈よりひとつ下の学年なのだが、その素振りからそれ以上の差を感じる。絆奈自身も実の年齢よりも下に見られがちなので、よく1年生と間違えられることもあったが、さすがに籠女と一緒に並ぶと年上で通じる気がした。もっとも、どちらも幼さが十分に残っているお子様だということに変わりはないのだが。
「お願い?何かな?」
「えっとね、籠女とね、今から中庭で一緒にいちごぎゅうにゅうを飲んで欲しいの」
不安げに絆奈を見る。その表情がまた愛らしくて、絆奈の顔が自然と緩んだ。
「うん、いいよ」
「ありがとう、絆奈お姉様!」
籠女は目を輝かせながら絆奈に抱きついた。
「きゃっ」
絆奈はその勢いに押されてよろめいた。
ぴったりと絆奈の体に密着させた状態で、籠女が頬をすり寄せる。胸のあたりに伝わるシュークリームのような感触が心地よかった。
「クマちゃんも一緒にいちごぎゅうにゅう飲もうね」
籠女は破顔一笑で、手にしたクマのぬいぐるみに向かって語りかけた。まるで親しい友人に語りかけるように。そんな姿が微笑ましく、絆奈はつられて笑ってしまった。
「それじゃ、行こっか、籠女ちゃん」
「はい、絆奈お姉様」
絆奈の言葉に、籠女が笑顔でうなずいた。
ふたりは並んで校舎を出て中庭に向かうと、点在するベンチのひとつに腰を下ろした。
瑞々しい緑の絨毯(じゅうたん)から、かすかなお日様の残り香が漂っている。それが天国に一番近い庭のように思わせる。乙女だけの楽園といえばいいだろうか。確かにそう表現しても過言ではないほど、ここ聖ル・リム女学校の敷地は素晴らしかった。
「はい、籠女ちゃん」
絆奈は、自動販売機で買ったイチゴ牛乳のパックのひとつを籠女に差し出した。もちろん、絆奈のおごりであるのはいうまでもない。自分でいうのもなんだが、先輩らしいことをやったと思わずにはいられなかった。
「ありがとう、絆奈お姉様」
籠女は愛らしいお辞儀をして受け取ると、パックにストローを刺してひと口飲んだ。絆奈も続いてイチゴ牛乳を飲み始める。
「絆奈お姉様はとっても元気で、見ているとこっちまで元気になるの。だから、籠女はそんな絆奈お姉様が大好き!」
籠女はそう言って、絆奈に抱きついて頬にキスをした。
「ふええっ!」
予期せぬ唐突な出来事に激しく動揺する絆奈。
次の瞬間、持っていたイチゴ牛乳のパックから中身が噴き出した。驚きのあまり、パックを握りつぶしてしまったのだ。噴水のように勢いよく飛び出した甘ったるい水は、絆奈の顔面に直撃し、そのときの飛沫が少しだけ籠女にも掛かってしまった。
「うわっぷっ、ゲホゲホッ、は、鼻の中に入っちゃったよお!」
絆奈は慌てて制服のポケットからハンカチを取り出すと、顔を拭き、ついでに鼻をかんだ。お嬢様学校に通う生徒にあるまじき行動なのだが、今はそんなことを気にしている余裕などなかった。はしたない姿をさらしてしまったことに、大きな恥じらいを覚える。しかも、間近で後輩の女の子に見られてしまったのだから、言い訳のしようもないし、ごまかしようもなかった。
───こんな恥ずかしい姿を見せちゃったから、籠女ちゃんは絶対に幻滅したよね・・・
絆奈は穴があったら入りたい心境に陥った。
ところが、籠女の反応はこれまた意外だった。
「ご、ごめんなさい、絆奈お姉様・・・」
潤んだ瞳で絆奈を見つめる。まぶたの堤防を決壊寸前だった。
「あわわっ、き、絆奈は大丈夫だから泣かないで。ね」
絆奈は慌てふためきながら笑顔を作った。
「よかったあ、絆奈お姉様に嫌われなくて・・・」
籠女はうっすらと浮かんだ涙を拭うと、持っていたイチゴ牛乳のパックを差し出した。
「絆奈お姉様のいちごぎゅうにゅう、なくなったから籠女の半分あげる」
「そんな、それじゃあ籠女ちゃんの分がなくなるからいいよ」
絆奈が首と手を横に振って申し出を断った瞬間、籠女の愛らしい瞳にふたたび涙がにじみ始めた。
「絆奈お姉様は、籠女のいちごぎゅうにゅうを飲むのが嫌なの?」
「そ、そんなことないよ!」
慌てて否定する絆奈。
「じゃあ、飲んで」
籠女はさらに前にイチゴ牛乳を突き出した。
「それじゃあ、少しだけもらうね」
絆奈はイチゴ牛乳のパックを受け取ると、ストローに口をつけて飲んだ。いつもの甘ったるさに、不思議な甘さが加えられているような味が口中に広がる。
───そういえば、これって・・・
不意にあることに気づき、絆奈の顔が火照りだした。
「あ、ありがとう・・・」
絆奈は目を逸らしながらパックを返した。後輩の顔をまともに見ることができない。そこには明らかな照れがあった。
籠女はそれをひと口飲むと、無垢な笑顔を披露した。
「絆奈お姉様の味がしておいしい」
イチゴ牛乳のような後輩の声に、絆奈はさらに顔を赤らめた。
あとがき
この作品は本来、別のところで使う予定だったのですが、急きょ宙に浮いてしまいましたので、このサイトで掲載することにしました。
おかげで自力更新が出来ましたので、結果的にはよかったといえます。今、本当に時間に追われているものですから・・・これぞ怪我の功名ってやつですね(笑)
ただ、急いで作った分、いつも以上にしょぼい作品になっているかと思いますので、ガッカリさせてしまうかもしれませんが、そのときはゴメンナサイです(汗)