日曜日の昼下がり、義之は音姫と一緒に商店街を歩いていた。
「音姉、どこに行くんだ?」
「それは着いてからのお楽しみです」
屈託なく笑う音姫。
義之は少し嫌な予感を覚えた。
予定外で強引に連れ出されたときは、たいていろくな目に合っていない気がする。それ故に一抹の不安がよぎった。
そんな義之の心など露知らず音姫は、鼻歌交じりで義之の手を引っ張りながら歩いた。
向かった先はいかにも高級店ですというような感じのブティックだった。
───まさか、ここで一番高い服を買ってくれって言うのか?
予感が膨らみ始める。それが事実ならなんとしても避けなくてはならない。今から言い訳を考えなければと、義之は焦りながら普段さぼっている頭を働かせた。
そのあいだに音姫は義之と一緒に店内に足を踏み入れた。
中に入ると、黒いスーツを着た30代半ばの女性がこちらにやって来た。着ているスーツや身につけているものからして、普通の女性店員ではないことがうかがえた。
「こんにちは、朝倉さん。この子が朝倉さんの未来のお婿さんね。へえ、結構かっこいいじゃない」
「エヘヘ、そうでしょう」
「音姉、このひとは?」
義之は音姫に尋ねた。
「あら、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。私はこの店のオーナーをまかされている藤田奈津美よ。よろしくね、桜内義之君」
名乗った女性は好感を覚えるような態度で接してきた。
「はあ、こちらこそよろしくお願いします」
「準備はもうできているから、早速着替えてもらいましょうか」
「え、着替えるってどういうことですか?」
いきなりの急展開にと戸惑う。
奈津美は意外そうな顔をした。
「あら、朝倉さんから何も聞いていないの?」
「ええ・・・」
「そうなんだ・・・」
そうつぶやいた奈津美は口もとを緩めた。
「あなたは今から朝倉さんと結婚するのよ」
「け、け、結婚?」
義之は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「そうよね、朝倉さん」
「うん、私と弟くんは結婚するんだよー」
能天気に答える音姫。
彼女の言葉に義之は狼狽せずにはいられなかった。
「ちょ、ちょっと、音姉!自分が何を言ってるのか分かってるのか?」
「弟くんは私と結婚したくないの?」
悲しげな顔をする。
「いや、そういうわけじゃないけど、ほら俺たちはまだ学生だし・・・」
「フフフ、予想以上のリアクションしてくれて嬉しいわ。結婚っていっても本当にするわけじゃないわ。結婚式の予行練習みたいなものをするだけよ」
奈津美はさも可笑しそうな顔をした。
「どういう意味ですか?」
「今度発売される大手の雑誌に使う写真を撮るために、ふたりに花婿と花嫁のモデルをやってもらいたいの」
「実はね、ここに置いてあった新作のウェディングドレスに見入っていたら、奈津美さんに彼氏とモデルをやってみないかって言われてOKしたの」
音姫が事情を明かす。
「なるほど、そういうことか」
「私ね、どうしてもここのウェディングドレスを着てみたいの。だから、お姉ちゃんと一緒にモデルしよ。お願い」
「うーん、そこまで言うのなら仕方ないな」
義之はまあいいかという感じの口調で答えた。本当はあまり気が乗らないのだが、懇願する音姫を見たら嫌とは言えなかったし、ここまで話が進んでいるのなら、受けるしかないと思ったからだ。
「うわあ、ありがとう、弟くん!」
音姫は手放しで喜んだ。
「よかったわね、朝倉さん。もっとも、朝倉さんみたいな可愛い彼女にお願いされたら、断れないわよね。話も決まったことだし、早速やりましょう。係の者が案内するから、ついて行って」
奈津美はそう言うと、近くに控えていた女性店員に目配せをし、ふたりはそれぞれ別の店員に連れられて移動した。
義之が案内された別室には、三人の女性店員が待機していた。
「まあ、この子が今度の花婿さん役の男の子?ずいぶん可愛い子じゃない」
女性店員のひとりが義之を見て、嬉々とした表情を浮かべた。
「ほんとね。顔立ちもいいし、この子ならいじりがいがあるわ」
一番年長者っぽい店員が同調する。
「さ、そこの椅子に座って。ぐずぐずしている間はないわよ」
義之と一番年が近そうな店員が背中を押して強引に座らせた。
「えっと、何をするんですか?」
不安いっぱいに尋ねる。
「何って、いろいろよ」
「私たちがあなたをより美男子にしてあげるわ」
「大丈夫。優しくしてあげるから」
満面の笑みで近寄る女性店員たち。
「ちょ、ちょっと・・・あ、そこは、うひゃあ・・・!」
この直後、義之の情けない悲鳴が室内にこだました。
それから約2時間後───
年上の女性の手によって生まれ変わった義之は、疲れ果てた顔をしながら、最初に案内してくれた女性店員と一緒に撮影現場となっているホールに入った。
中には奈津美が待っており、義之を見て感嘆の声を上げた。
「まあ、これは素敵な花婿さんね。私の想像以上だわ」
「あの、音姉はまだなんですか?」
「こういうのは女性のほうが時間かかるのよ。早く見たい気持ちは分かるけど、あんまり焦っちゃ駄目よ」
彼女の言葉を聞いた義之は、どちらかというと疲れたから早く帰りたいんだけどと心の中で言った。
そのとき、ホールのドアが開き、女性店員とともに音姫が姿を現した。
その刹那、場内がどよめいた。
「うわあ・・・」
義之は思わず息を飲んだ。
石竹色のウェディングドレスに身を包んだ音姫は、義之の知らない音姫になっていた。化粧を施しているせいもあるのだろうが、普段見たことのない大人っぽさが十二分に出ていた。ひいき目を抜いても、どこかの事務所のモデルと言っても通用しそうな感じがした。
「こっちも想像以上の花嫁さんになったわね」
奈津美がぽつりとつぶやく。
「弟くん、似合ってるかな?」
音姫が近づいて尋ねる。
「ああ、すごく似合っているよ」
義之は胸の高鳴りを感じながら率直な感想を述べた。
「ありがとう、弟くん!弟くんのタキシード姿もすごく格好いいよ」
「そ、そうかな・・・」
音姫に褒められて少し照れる。
ネクタイのところが気持ち悪くて早く脱ぎたいと思っていたが、音姫の言葉でその気持ちが薄らいでいった。
「新郎新婦がそろったから、撮影のほうを始めましょう。ふたりとも、そこにある壇の上に並んで立って頂戴」
奈津美に言われて、義之と音姫は壇上に立った。
「はい、朝倉さん、にっこり笑って。うん、いい感じ。桜内君、もっとリラックスして・・・まだ表情が固いわよ」
矢継ぎ早に指示が飛び交い、フラッシュが何度も焚かれる。
義之は慣れないモデルに悪戦苦闘しながら、なんとかこなしていった。
「次は互いに正面を向いて」
新たな指示に従い、義之と音姫は向かい合った。
音姫がにっこりと微笑む。とても幸せそうな笑顔だった。
そんな彼女の微笑みが抱えていたドキドキをさらに大きくさせる。そして、義之自身も同じくらい幸せな気持ちになっていった。
この笑顔を何度もみたい。
何度でも見られるようにしていきたい。
優しくて温かく、そして空のような幸福感の中で、義之は切実に思った。
撮影が終わって店を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
頭上に浮かぶ玉兎の柔らかい光を浴びながら、義之と音姫は人通りのない桜並木の道を歩いていた。
義之に寄り添って歩く音姫は終始上機嫌だった。
「写真、早くできるといいね。楽しみだなあ」
「そうだな」
「これでリハーサルは終わったから、あとは本番を残すのみだね」
「本番って、いくらなんでも気が早すぎるんじゃないか」
音姫の発言に少し慌てる義之。
「そんなことないよ。だって、そう遠くない未来に私たちは結婚するんだから」
「ま、まあ、確かにそうかもしれないけど・・・」
その点については否定しないが、いくらなんでも気が早すぎるのではと思った。
「だから、今のうちに考えておいてもいいと思うの。ドレスは決まったから、あとは式場ね。やっぱりウェディングドレスを着るんだから教会がいいよね。でも、和服での結婚式もやってみたいし、そうなると両方できるようにしたいな。あと、新婚旅行は南国の島がいいかも。あ、でも、ヨーロッパのほうも行ってみたかったし、うーん、迷うなあ」
音姫は真剣に考え始めた。
「まったく、仕方ないなあ・・・」
そんな彼女を見て、義之が苦笑いをする。
気球のように膨らんでいく音姫の夢を全部叶える自信はなかったが、可能な限り叶えようと密かに誓った。
幸せな未来に思いをはせる恋人たちは、先の見えない暗夜の中を寄り添いながら、しっかりとした足取りで歩いていった。
あとがき
これが今回、当サイトで1位に選ばれた朝倉音姫ちゃんのSSになります。
前回の杏ちゃんのSSがあんまりの出来だったので、せめてこっちはなんとかしようと思っていたのですが、結局この程度で終わってしまいました(汗)
どうも調子がかなり悪いみたいで、立ち直るまでにはそれなりの時間がかかりそうです。
今回のコンテスト分につきましては、本当にごめんなさいな内容で申し訳ありません。次回以降、いい状態になったときに改めてDC2のSSを手掛けますので、懲りずにお願いします。